勉強を投げやりに捉えてしまう子へ【自分の人生に責任をもつ】

おはようございます。”おこめさん”です。

今日は普段中学生と接していて”もったいないなぁ”って感じる

「この問題難しいから、もう考えるのやめよ」

って考え方について、ふれてみたいと思います。

参考文献は 7つの習慣

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その中でも第一の習慣 「主体的である」です

この発言を読み解く

「この問題難しいから、もう考えるのやめよ」

この考えは、どういう点からやってくるのでしょうか。

難しいっていう感覚は

どうせわからない
これだけ悩んだけど全然わからない
わかるためにどうやったらいいのかわからない

などいろいろな要因があるでしょう

それらはどんな思いからその言葉に至ったかを聞き、個別に解決してあげる必要があります。

問題はそのあとです。

この問題難しいから、もう考えるのやめよ

この判断は適切でしょうか。

多くの大人なら、この判断がもったいないなって感じるはずです。

そして、自分の子どもにこそ こんな判断をしてほしくないって思っているはずです。

今置かれている状況や、過去の経験はほとんどの場合変えることができない要因です。

だけど、その状況を捉え、行動を判断(反応)するのはいつも自分自身です。

今回でいうと 難しい という状況は変わりませんが

考えるのやめる という行動は自分自信で決めたのです。

それらをあたかも、 わからない問題が悪い
          わかるように教えない人が悪い
          考える時間が短すぎるのが悪い
          誰も教えに来てくれないことが悪い

のように自分の外側に責任を押し付けて、自分を守ろうとしているのです。

こんなことって大人でも実はあったりします。

クレーマーの対応にあたってしまったとき、帰ってからそのことを思い出し、しんどくなり、やけ酒をしてしまう

これも言うなれば、クレーマーのせいで自分がつらい思いをしたというように 自分の外側のせいにして自分を守っているわけです。

こんなことを子どもも当たり前のようにしてしまうのですね。

刺激と反応の間

実は外側の刺激に対して自分がどう考え(落ち込んだり、喜んだり)どう行動するかは自分自身の選択の上で成り立っています。

つまり、刺激を受けたあとに 自分の心がどう反応するのかは、自分自身で選択することができるというのです。

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刺激と反応の間には・・・ | FujinoJun.com | FujinoJun.com刺激と反応の間には・・・今日は、 刺激と反応の間には・・・ というお話し。 こんにちは! 広尾88アカデミーの藤野です。 もう、この本を 何度読みfujinojun.com

言われてみればそうですが、人は自然と 刺激に対してこれまでの人生から反応を決めて、すぐに同じように反応してしまうものです。

「今日は雨か。なんだか気分が落ち込むな」
「渋滞に巻き込まれた。イライラするな」

だけど、この外側の刺激にどう反応するかは自分でコントロールできるのです。

そう考えると自分の反応に自主性がうまれます。

あなたの許可なくして、誰もあなたを傷つけることはできない
ーエレノア・ルーズベルト

自分から投げ捨てさえしなければ、誰も私達の自尊心を奪うことはできない
ーガンジー

主体的に捉えるには

刺激と反応の間に 選択する自由がある と知ったとしてもいきなりは変えられません。

大事なのはその反応の先に何が待っていて、その反応を選択するのはあくまでも君自身、その選択の責任を持つのも君自身だ と伝えることです。

著者も子どもたちが問題にぶつかったときに、自分から何もせず、無責任に誰かが解決してくれるのを待っていたら 知恵と率先力を使いなさいと言っていたようです。

子どもに責任をもたせるということは、ある種の突き放しになってしまうかもしれません。

だけどこれはその子の主体性を認めることにもなっています。

今回の例でいうと

そういう考えになるのはとってももったいないよ
そう判断するのは自由だけど、その先のことを想像してみて
困っていくのは誰かな?
先生?お母さん?
勉強しないって投げ出すことを将来の自分が見てどう思う?
それよりもいま自分ができることを考え、そのために動いてみない?

例えば、わからないから先生に聴くとか 友達に教えてもらうとか、自分でネットで調べてみるとか

ただ、間違ってもそのときに教え方がわかりにくいから、解説がわかりにくいから って言い訳はなしね

そのときは、次の手を考えてそこに動いていこう   

あくまでも君自身が自分の人生に責任を持つんだ

こんな声かけをすると思います。

おわりに

最近、いつも親の背中で って書いてしまっていますが、今回にも通じるところがあるのかもしれませんね。

いくら忙しくても、いくら環境が悪くても それを自分の心でどう捉え、どう行動に移すのかはいつも自分自身の判断

このように考えて行動すると自分の行動に責任がうまれ、いわゆる主体的に生きることができます。

こんな姿を見せ続けていくことが将来、我が子が壁にぶつかったときに乗り越えていくヒントを与えるのかもしれません。

今日はすこし堅苦しい内容になってしまいましたが、ここまで読んで下さってありがとうございました。

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