これからの時代、暗記って必要なの【どこまでいってもマクロ暗記は必要】

おはようございます。”おこめさん”です。

最近、暗記や勉強の本を読み漁っています。

その中でもとくに暗記の方法などが個人的にはヒットしています。

ですが、そもそも暗記する力ってもういらなくなるよね

スマホで検索したらすぐに出てくるのに、なんで覚えないといけないの?

という風潮が世の中にあるような気がします。

今日はこの点について、考えてみたいと思います。

学校では教わらない「暗記の必然性」編です。

参考

おこめさん→教員10年の後、4月から独立、6月からオンライン塾を開校予定。2021年3月末まで半年間の育休取得の2児のパパ。

※ここでいう学校では教えてくれないというのは、公教育の土台の中にこのカリキュラムが組まれていない(そんな隙間がない)ということで、熱心な先生の中には個人的に伝えている方もいらっしゃいます。ただ、仕組みとしてはそうなっていないよね という問題提起も含めてです。

暗記とは

勉強大全の著者 伊沢拓司さんは

暗記には「暗い」という文字からマイナスなイメージがついてしまっているといいます。

そもそも詰め込みとか、ただやみくもに覚えること

のように語られてしまうところからもそれが伺えます。

この暗記は「諳記」とも書きます。

「諳」は「そらんじる」と読み、「何も見ないで言えるように覚える」という意味があるそうです。

つまり本来の意味である諳記には、暗いというマイナスなイメージは含まれていないのです。
(ただし、今回の記事では一般的な表現「暗記」を使って書いています)

さらにこの暗記には、マクロ暗記とミクロ暗記があるといいます。

ミクロ暗記とは、一言一句まで完璧に覚えておかないと意味がないもの

例えば、漢字や英単語の綴りなどです。

しかし、暗記をするもののほとんどは実はマクロ暗記で、これは大体の認識があっていれば正解になるものだといいます。

暗記のことを考えるとき、大抵がマクロ暗記でいいものをミクロまで覚えないとって考えてしまうから窮屈に感じてしまうのですね。

テストが変わる?

例えば、大学入試がこれまでのような短い文章を読んで答えを選択してきた形から、物語や対話文を読み、そこから思考力が問われるような問題に少しずつ変わろうとしています。(今後、記述式の導入も?)

しかしここでいう思考力とは暗記がまったく必要のないものなのでしょうか。

いくら思考力を問う問題が増えてくるとしても、問題文がそもそも読めないと意味がなかったりします。

画像1

この問題でいうところの「振動数とは何か」という部分です。

振動数についてわかっていないと、いくら思考しようとしても考えが前に進むことはありません。

(↓振動数↓
マクロ:1秒間に振動する回数 
ミクロ:振動運動や波動が単位時間当たりに繰り返される回数)

ここでもマクロでの暗記は必要ということです。

社会に出たら使わない?

ここもどうでしょう。

顧客と接するときに、相手の情報を頭に入れておくことは必要ではないでしょうか。それが例え、接客する5分前に手帳を見て覚えた短期記憶であったとしても。

会話の中で知らないキーワードが出てきたときに都度スマホで調べるわけにはいきませんし、「わかりません、どういう意味ですか?」と聞くとしてもそれがあまりにも多すぎると相手が受け取る印象は悪くなると言わざるを得ません。

もちろん、資格制度などで暗記が必要な場面はあるでしょうし、言葉の意味を知っていること(大きな意味でいう教養)は社会においてこれからも必要なままであると感じます。

また、読書をしてさまざまな知見を学ぼうとしたときに、頭の中に何も残っていなければ読む意味も薄れてしまいます。(あの本はこういうことが書いてあった、あの本はこう というマクロな暗記は必要)

これらを考えたときに、どこまでいってもマクロ暗記自体がまったく必要でなくなるという世界はこないのではないかと考えています。(電脳的なものが実用化されるのはまだまだ先ですしね)

おわりに

暗記がすべてではないし、暗記だけができればいいということではないけれど、暗記がいらないわけではないよね という話でした。

ぼく自身も毎日本を読んでいく中で頭の中に何も残っていないとき、すっごく虚しくなったりするんです。あの読んでいた時間はなんだったんだって。

そういう意味でも、本から学べたことをある程度引き出せる状態にはしておきたいと思って読んでいます。

今日もここまで読んでくださってありがとうございました。

最新情報をチェックしよう!