おはようございます。おこめさんです。
後悔ってどうして生まれるんでしょう。
ふとこんなことを考えてみました。
今日はこれについてまとめていきます。
おこめさん→10年の公立中学校勤務を経て独立。公立学校を外側から支えるために、学校では教わらないけど大切なことを伝えるオンライン塾を運営
目次
オリンピックに出場できなかった
ことに後悔する人はどれくらいいるのでしょう。
少なくともぼくは、東京オリンピックに出られなかったことを後悔してはいません
そもそも出たいって思っていなかったから?
出られるような力、種目がなかったから?
出たいって思って出られるものではないから?
では後悔してしまうことは何でしょう。
例えば、一日仕事をせずに遊んでしまった・・とか
夜中に我慢できずにアイスを食べてしまった・・とか
もっと大きい後悔でいうと
今しか見れない子どもの姿をちゃんと見てなかった・・とか
その瞬間にしかつかめないビジネス上のコラボの話を流してしまう・・とか
がありそうです。
後悔することとしないことの違いは何でしょうか。
できたのにしなかったこと
結論はこれに行き着きました。
オリンピックは「手が届きそう」とは一度も感じたことはありません。
ぼくが次期総裁選に出馬しないことを、ぼく自身は絶対に後悔しません。
そこにはぼくの意思や力で手が届かないってことがわかっているからです。
また何よりもそれに対して自分の感情が傾いていないからでもあります。(やりたい、手に入れたい となっていない)
それに対して、
夜食のアイスは、我慢できたはず、そしてそれを食べたことによる影響なんかを考えると、それを食べないことがなんで出来なかったんだって後悔です
一日仕事をしなかった、というのは自分がだらけてしまったことで、仕事がストップしてしまった、それによるマイナスな影響も想像できる。だから後悔です。
子どもの姿を見れなかった というのは、自分で時間を作り、そっちに意識を向けてこなかった(やろうと思えばできたはず)に対して後悔する
ビジネスの話でも自分がちゃんと考えて、手を伸ばしさえすれば前にすすんだ話をじっくり考えることもせず流してしまったことに対する後悔です。
あわせて考えると、
後悔するのは
自分の意思でやろうと思えば出来たこと、手を伸ばせば手に入ったものを
自分の選択ミス(もしくは選ぼうともしない)ことによって
手に入れられないとき
ということです。
選択肢があるという幸せ
そもそも後悔は、選択肢が自分の中にあった ということにも関係します。
アラブの王様になれなかった
これに対する後悔は絶対にわいてきません。
これは自分の選択云々でできるものでは決してないからです。
そして、この例を出す時にとっても悩んだのですが、
悩まないといけなかったということは
世の中のほとんどのことは、決して自分の中で選べないものではないということでもあります。
飛行機のパイロットになる
宇宙にいく
ハワイに移住する
地球を一周する
海底探索
アメリカのプール付きの家に住む
別にどれも選べない道ではないのです。(自分の感情がのっているかどうか、また実現可能性は別として)
これは今の世の中に生きているからこその幸せなのかもしれません。
なるべく後悔したくない
ぼくは自分の人生において、できるだけ後悔は残したくありません。
自分は何してたんだ!!
って過去の自分に後悔したくありません。
そのためにぼくがやるべきことは、
今をなんとなく生きないってことです。
一日のスケジュールは自分次第でどうにでもなる今の立場だからこそ、
どのように過ごすか、何をするのかをちゃんと考えてそれを実行する
これを繰り返していくことで後悔をしない人生を歩めるのかなって思います。
そして、本当に実現したいことがあるのなら、
ちゃんとその夢を描いて、順を追ってそこを追いかけ続けていくことです。
(明日すぐに宇宙に行く!は無理な話)
もし、皆さんの中にも実現したい夢があるのなら
一緒に追いかけてみませんか?
後悔しない人生のために
今日もここまで読んでくださってありがとうございました!
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