おはようございます。おこめさんです。
今日は、昨日に引き続き、男女平等ということについて考えてみます。
いつの間にか頭に浮かんでくる当たり前の感覚、
その当たり前をつくるのに、大きく影響しているのが学校という場所です。(全員が所属してきたという点で)
そこで今日は「男女平等の実現のための未来の学校」というテーマでまとめていきます
(これを考えようと思ったきっかけは、「北欧に学ぶ、小さなフェミニストの本」という子ども向けの本を読んだことですが、それを通してみんなが何気ない当たり前に疑問を持てるのはいいことだなって感じます)
おこめさん→10年の公立中学校勤務を経て独立。公立学校を外側から支えるために、オンライン塾を運営。子ども~大人までを対象としたライフビジョンコーチとしても活動。
目次
現状の問題
そもそも学校には、みんな一緒が当たり前、そんな空気感が漂っています。
例えば、制服に関して
多くの場合制服は、2種類しかありません。
男子はズボン、女子はスカート
(そもそもこれって誰が決めたんでしょうね)
今も、女子であってもズボンをはくことは認められてはいます。
だけど、ズボンをはいた女子が 浮いてしまう
そんな感覚があるのも確かです。
だから、多くの子も、スカートを選ぶ(当たり前を選ぶ)ことにつながっていて、ますますズボンを選びづらい空気感が作られていきます。
本当は、スカートが嫌な子、もっともっといる気がします
そこには学校の中に漂う「当たり前」な感覚、多数派に流されるべきという感覚が問題なのかもしれません。
トイレも2種類、多様な性ということを考えた時にここについても考えていくべきですね。(性が2つしかないという当たり前を作り出していく出発点はこういうところかもしれません)
そんな現状の問題を確認できたところで、未来の学校を妄想してみます。
服装
これに関しては、そもそも制服いる?っていうところから始まる気がします。
制服というものがあって、それが2種類しかなくて(ズボンorスカート)多数派に流されやすい構造ができていること自体がマイノリティを排除する方向に動くのだとすると、
そもそも制服なんていらない
それが未来の学校のあるべき姿なのかなって思います。
制服がなくなると、そもそも一人ひとりの服が違うのが当たり前になります。
スカートだろうが、ズボンだろうが全然いいんです。
それが個人の思考を型にはめない
いろんな感覚の人がいる、
それが当たり前って雰囲気を作るのに、大きく貢献するのかなって思います。
大人になってからのビジネスマナーもどんどん変わりつつあります。
男性はスーツ、女性はキレイめな服
から
男性もキレイめな服、女性もキレイめな服
これでいい気がするし、実際そうなってきています。
制服になれさせること、マナー的なものを伝えるというのはわざわざ制服を強要しなくてもできることなのかなとも感じるので、
ぼくが想像する未来の学校には制服はありません。
トイレ
まだまだ世界的にもトイレは2種類しかないのが当たり前です。
学校教育の場でそれが当たり前になっていることは、社会の当たり前をつくるのに大きく関係しています。
なので、未来の学校では、
トイレについても多様であっていいはずです。
そもそも入り口から男性、女性とわけるというよりは
最初から性関係なく利用できる個室トイレが並んでいる(もちろん隣に音が聞こえない、完全個室)
みたいな状態が理想なのかなって
2つの性しかないって昔の感覚のまま、大きくトイレを2つ用意しておけばいいって状態は学校から変わっていければいいなと思います。
らしさを強要しない
ここは制度というか、感覚の問題です。
男子なのに、女子なのに
今でもそういう言葉にひっかかりを覚えるという感覚になりつつありますが、それがもっと浸透していくことを望みます。
例えば、帰宅が遅くなった生徒のことを考えるとき、
女子だから、どこどこまでは送る
ではなく、
一人の生徒として夜遅いのは危ないから送る
となるって感じです。
男子ならこうするべき
女子だからこうだ
決めつけをなくし、常に一人の人間として、どんなときもフラットに見るってことを先生たちにもっともっと浸透している学校がいいですね。
おわりに
今日は未来の学校というテーマでまとめましたが、まだまだ男女平等社会の実現のためのハードルはたくさんありそうです。
それを一つ一つ実現させていくのは、今学校に勤務されている先生方一人ひとりです。
(もちろん社会にいきるすべての人の意識も大事)
元教員として、ぼくも学校の当たり前を変えるために何ができるのか、考えていきたいと思います。
今日もここまで読んでくださってありがとうございました。
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